アメリカ留学時代に教えてもらったライバルの見つけ方を紹介します!

アメリカ留学時代に教えてもらったライバルの見つけ方を紹介します!

この記事は2020年7月22日に追記・変更しています。

質問者
ライバルの見つけ方がわかりません。身近な人と比較してもいまいちピンと来なくて・・・何か良いライバルの見つけ方が知りたいです。

このようなお悩みに回答しています。

今回の記事の内容は以下の通りです。

  • アメリカ留学時にライバルの見つけ方を教えてくれた人物を紹介
  • おすすめのライバルの見つけ方とは?
  • 身近な人をライバルとするのはやめよう!

この記事を書いている人。

詳しいプロフィールはこちら⇒木内健介のプロフィールへ

 

僕は2003年から2007年までの4年6ヶ月アメリカに留学していました。

始めの4ヶ月はSeattle。あのイチローがいた場所ですね。そして、その後の4年2ヶ月はLos Angelesにいました。

 

そして、そこでとある人に会ったんですね。当時の年齢で70歳ぐらいの人なので、もし今生きていたら80歳を超えているかもしれません。

 

その人から『ライバルの見つけ方』について教えてもらったので、今回のブログはその方法を紹介したいと思います。

結論から書くと、その人から教えてもらったライバルの見つけ方とは以下の通りです。

  • 身近な人ではなく過去の偉人と比較する
  • 身近な人と比較してもスピード感がなさすぎる
  • 吉田松陰は29歳で処刑されている現実を見よ
Kinouchi

ライバルが見つからなくて不完全燃焼の人、めいいっぱい人生を楽しみたい人はぜひ最後まで読んでみてくださいね。

 

ライバルの見つけ方を教えてくれた人はどんな人か【アメリカ留学時代】

結論、少し変な言い方ですが、その人はかなり変わり者でした。

まさしく『偏屈という言葉はこの人のためにあるのでは?』と思ってしまうぐらい変わっていましたね。※かなり失礼な言い方してますが、すぐに感情的になり怒鳴ったり逆に急にニヤっと笑って褒めてくれたりする人でしたね。

 

でも、そういう人でしたがありがたいことに僕はその人に可愛がってもらい色々よくしてくれました。

例えば、アメリカの様々な高級レストランに連れていってくれて、そこでテーブルマナーから料理食べ方、考え方など色々『厳しく』教えてくれました。

 

グラス1つ持つにしてもその持ち方を怒鳴られた記憶があります。

その人のイニシャルはOさん。

日本人でアナハイムあたりで不動産会社を経営している人でした。

アナハイムと言えば、あの大谷翔平選手が活躍している球団がある場所です。

 

今振り返って考えると、そのOさんは若い人を誘って色々教えるのが好きな人だったのかなって思ったりもします。でも、なかなかその偏屈さに絶えれる人は少なかったようにも思うんですよね。

 

でも、僕は結構そういう人が好きで『どうしてこの人はこういう考え方をしているのだろう』と興味を持って

そして、何度目かの食事に行ったときにその人が面白いことを教えてくれたんですね。

それが『ライバルの見つけ方』でした。

 

Oさん直伝!ライバルの見つけ方

結論、その人はどのようにライバルを見つけていたかというと、『歴史上の人物と比較する』というものです。

 

少し例を上げて解説してみますね。

僕は歴史上の人物で言うと、織田信長が好きなんですよね。僕の現在の年齢は37歳。

織田信長は1534年生まれなので、1571年のときに37歳ということになりますよね。

※数え年だと38歳。

 

そして、織田信長の年表を見るわけです。すると、織田信長は以下の内容を37歳のときに行っているのがわかります。

  • 比叡山の焼き討ち

 

・・・・同い年の時に織田信長は比叡山の焼き討ちという行動をしているのに、僕はゲストハウスでゲストさんと楽しく話をしているだけ。

もちろん、お仕事としてですが。

 

織田信長のように、世の中を大きく変える行動もしていなければ、そもそもそういう環境すら構築してもいない。

自分は一体何をやっているんだ・・・という感覚になりました。

 

では、戦国時代の人気大名『豊臣秀吉』が37歳のときはどんなことをしていたのか。

豊臣秀吉は1537年の生まれなので、1574年の年表を確認してみました。

  • 近江長浜城の城主となる

 

・・・つまり、僕と同じ年には今でいう『県知事』ぐらいにはなっている。

※大名=県知事と仮定して話をしています。

 

それなのに、僕は一体何をしているんだと。豊臣秀吉は百姓から出世をして上り詰めている。

僕には圧倒的に行動力が足りていない・・・と考えることができます。

 

つまり、Oさんが教えてくれた『ライバルの見つけ方』とは、あなたが好きな歴史上の人物をライバルとして考えるということなんです。

そして、そのOさんが言うには『身近な人はライバルとして考えては意味がない』ということもあわせて教えてくれました。

 

ライバルは身近な人ではなく偉業を達成した歴史上人物がいい理由とは?

結論、Oさんいわく『身近な人はあなたと対して変わらない。そんな人をライバルとしても行動は遅い。もっと偉業を達成した人をライバルとしろ』と。

 

つまり、僕も含めてあなたの周りにいる人ではそこまで大きな差がなく、比べるだけ意味がないとのことなんですね。

だから、歴史上の偉業を達成した人と比較せよと。そして、なおかつあなたの好きな歴史上の人物が好ましいと。

 

だから、もしあなたが最近モチベーションが低いとかやる気が出ないと考えているなら、1度あなたの好きな歴史上の人物の年表とあなたの人生を比較することをおすすめします。

 

そして、このブログの最後に最近行った松下村塾から『吉田松陰』の歴史と僕の歴史を比較してみたいと思います。

 

ライバルの見つけ方!吉田松陰は僕の年齢ではすでに死んでいるという事実

先日のブログで山口県の萩市に行ったということを書きました。

読んでない人は『山口県萩市にある松下村塾や松陰神社などに行ってきました!』をぜひ読んでみてくださいね。

 

では、その吉田松陰をライバルと考え、彼の年表と僕の人生を比較してみました。

  • 吉田松陰:21歳で脱藩する
  • 僕:21歳でアメリカへ単身留学する

これだけ見ると『おっ!?』と思いました。少しうれしいですね。

でも、当時の脱藩でいうと、今の感覚でいうと、日本国籍から抜けるという意味なのかもしれませんね。

続いて、吉田松陰はこういうことを行います。

  • 吉田松陰:25歳のとき投獄されていた場所から開放され実家に戻る
  • 僕:25歳でプロドラマーという夢をあきらめ日本へ帰国する

『あれ!?結構似ているかも!』と調べていくうちに思ってしましました。ちょっとワクワクしますよね。

続けます。

  • 吉田松陰:27歳で松下村塾を始める
  • 僕:27歳は東京でマンション販売のため飛び込み、電話営業をしまくっていました

この辺から全然違いますね。彼は27歳ですでに人に教えています。僕はブラック企業の営業マンでした。

このブラック企業の体験というのは『退職代行が話題なのでブラック企業で働いていた経験を告白します!』に書いているのであわせて読んでみてください。

 

さらに、続けます。

  • 吉田松陰:29歳で処刑される
  • 僕:29歳で父親になる

僕は子供が生まれすごく幸せな気分になっていましたが、同じ29歳で吉田松陰はすでに死んでいるんですね。

しかも処刑で。

 

このように比較して考えると、僕の29年間の人生と吉田松陰の29年間の人生ではその密度全然違うということに気づきました。

そして、死が身近にあるということも。

 

だからこそ、身近な人をライバルとして比較するのではなく、偉業を達成した歴史上の人物をライバルとして考えることをおすすめします。

 

まとめ:ライバルの見つけ方とは歴史上の偉人をライバルとして見立てること

今回はアメリカ留学時代に出会ったOさんから教えてもらった『ライバルの見つけ方』について解説してみました。

この記事の内容をまとめると、

  • ライバルの見つけ方を教えてくれた人はアメリカで不動産業で成功している人
  • ライバルの見つけ方とは歴史上の偉人あなた自身を比較する方法
  • 身近な人をライバルとして捉えると大差がなく焦る気持ちにならない
  • 歴史上の人物をライバルと捉えると死を身近に感じることができる

ということですね。

 

なかなか歴史上の人物と比較するという発想は面白いですよね。先程も書きましたが、僕は織田信長が好きなんですね。

だから、これからも織田信長の年齢とそのときの行動を意識して、行動し続けたいと思います。

ぜひあなたも0さんが教えてくれたこの『ライバルの見つけ方』を実践してみてくださいね。

 

ちなみに、こちらの記事『ふと妄想したら自分の状況=『キューバ革命』とかぶってしまった話』も面白いのでぜひ読んでみてください。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。



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