『困った時はお互い様』という言葉にアメリカ留学時代に救われた話し

『困った時はお互い様』という言葉にアメリカ留学時代に救われた話し

最近は、ずっと英語関係のブログを書いているので、知っている人も多いかもしれませんが、初めてこのブログがきっかけで、このサイトへ訪問してくれた人のために少し自己紹介をしたいと思います。

 

僕は13歳でドラムを始め、21歳でプロドラマーを目指し単身渡米しました。

 

英語がほぼわからない中での渡米でしたので、飛行機の中から周りの人が何を言っているのかわからず、めちゃくちゃ不安になった気持ちを今でも鮮明に覚えています。

 

当然、飛行機の中で書く入国のカードも全く書き方がわからず、日本人のCAさんにお願いて着陸前に教えてもらった書いた記憶があります。

 

そんな中での単身渡米です。

もちろん、僕が英語の勉強していないのが悪かったのですが、『大丈夫。なんとかなる』と思っていました。

 

ですが、その考えが『ものすごく甘い』と気づくのに時間はかかりませんでした。

入国審査で全く相手が言っていることがわからなかったのです。

相手も『こいつはダメだな』と判断したのか、パスポートを取って手続きが進められていきました。

 

その後、無事イミグレーションは通貨することができたのですが、空港で英語が読めず道に迷ったのです。

どこが出口かもわからず、迷い続けていました。

 

更に言うと、お迎えのホストファミリーにもずっと待たせていたため、初っ端から迷惑をかけました。

車の中でも意志の疎通なんて全くわからない。

 

唯一会話をした内容が『What's is this?』でした。

これは覚えていたんですね。

 

僕が始めに留学した場所はシアトルです。

そこにはスペースニードルという建物があり、それについて質問をしました。

当然、何と答えてもらったかわかりませんでしたが。

 

こんな感じで僕の留学が始まりました。

ですが、あまりに僕と意思疎通が出来なかったためなのか、1週間でホストファミリーが変更になりました。

 

こんな経験をした僕ですが、プロドラマーになるためにアメリカに行ったので、まずは楽器屋さんを探そうと街へ行きました。

そして、辞書で調べて筆談をして何とか到着しました。

 

そこに行けば、必ずメンバー募集のフライヤー等があるということを、日本の経験から知っていたからです。

楽器屋さんのスタッフの人と筆談をして、メンバー募集の新聞を手に入れることが出来ました。

 

早速、第2のホストファミリーの個室部屋で電話です。

ただ、すぐに気がついたのですが、顔をあわせて話すよりも遥かに電話で英語を話すことが難しいということを。

 

なんとか電話で話す内容の英作文を完成させ、電話を何回もかけましたがすぐにイタ電だと思って電話を切られます。

当たり前と言えば当たり前ですが。

だから、何回も何回も電話をかけました。

 

もう何回かけたかわからないぐらい電話をかけましたが、その時に電話をかけた白人男性が英語で『Japanese?』ということを僕に聞いてきたのです。

 

その前後の言葉はわかりませんでしたが、『Japanese?』という単語はわかったので、『Yes』と答えました。

すると、『ちょっとまってね』と日本語で言われて電話が保留になりました。

 

その後、電話に出たのが日本人女性でした。

その白人男性の彼女さんだったのです。

 

本当に日本語で電話が出来ることが嬉しくて、僕がバンドを探していることを伝えました。

その内容を彼女が白人男性に伝えてくれて、逆に白人男性の言葉を彼女が訳して僕に伝えてくれて、スムーズに会話をすることができました。

 

そして、その電話の内容から『オーディションを受けてみるか?』という話しになりました。

やっと掴んだチャンスで本当に嬉しくて『もちろん』と返事をしました。

 

その後、指定された日時に指定された場所に行きました。

彼女が車で迎えに来てくれて、バンドの練習場所まで連れていってくれました。

 

僕が英語というものを舐めていたのですが、それでも困っている時に助けてくれる人は本当に嬉しかったです。

 

このブログを読んでいる人は想像しにくいかもしれませんが、言葉が全く通じない状況で知らない街に1人でいるということは、本当に辛いです。

 

だからこそ、僕が運営しているゲストハウスにお越しの海外のゲストさんには特に優しくしているかもしれません。

英語で会話をし、僕が知っている情報は提供し、知らない情報は目の前で調べて提供する。

 

なぜなら、満足にネットが使えなくて困っている人も多いからですね。

(うちのゲストハウスはwi-fiは使えますが)

 

そして、当時の僕を思い出して、少しでも日本での旅行を楽しんで欲しいと考えて対応しています。

 

事実、以前新婚旅行で日本を訪れていたゲストさんにこのような対応を取ったところ、大感激していただけました。

これは宿泊業以外の内容にはなるのですが、僕が海外で困った経験から無料でいつもしています。

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では、話しを戻します。

 

オーディションの迎えから、オーディション後にホストファミリーの家まで送ってくれました。

そして、僕がより快適に生活ができるように、必用なものも全て用意してくれました。

英語の基本も教えていただけました。

 

独立記念日の時に、白人ばっかりのBBQパーティーに招待してくれて、白人文化にふれることができました。

また、白人の彼氏と一緒に高級レストランにも招待してくれて、食事もごちそうになりました。

 

本当に感謝でいっぱいです。

 

そして、その彼女が言ってた言葉が『困った時はお互い様』という言葉です。

 

その言葉と行動にどれだけ助けられたか。

 

結局、僕はアメリカでプロドラマーになることは出来ませんでした。

 

ですが、英語が話せるようになり、今このように生きていれるのも、アメリカ留学初期に彼女に助けていただけたからだと本当に思っています。

 

そして、彼女は僕の考えも大きく変えてくれた人生の恩人の1人でもあります。

 

このブログが彼女に読まれることはないと思いますが、またシアトルに戻ったときは、何とか彼女を見つけて連絡を取り逆に僕がごちそうしたいと考えています。

 

だから、もしこのブログを読んでいるあなたの周りで困っている人がいたら『困ったときはお互い様』という気持ちを持って接してみてくださいね。

 

そして、その時に大切なことは、見返りを求めないということです。

見返りを期待すると、よくないですね。

してくれなかったら、腹が立ったりします。

 

ただ、僕が気をつけているのは、その人の見極めは必用かなと考えています。

世界には本当に色んな人がいるので、こちらの親切に対してたかる人もいます。

 

だから、見極めることはあなたの人生において非常に重要です。

このことは意識しておくことをおすすめします。

 

困った時はお互い様』。

最近、僕が対応したことがあり、すごく喜んでいただけたので、留学当時の自分を思い出してブログを書いてみました。

 

困った時はお互い様』。

この言葉を是非あなたも意識して困っている人がいればそっと手助けして欲しいと思います。

 

今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。

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